旧跡案内 富士塚 富士講碑

 本郷ふじやま公園の中央にある山(標高約80m)は,古くは水口山(ミナクチヤマ)と呼ばれました。
この山には江戸時代後半,関東地方で盛んであった富士信仰の対象である富士塚が築かれました。
山の形が富士山に似ていることもあって「ふじやま」と呼ばれるようになりました。
頂上の富士塚には富士講の石碑が四基立っています。

右から2番目の一番大きな石碑に富士山を表す碑文が刻まれています。



一番大きな石碑の裏側には富士講の講紋が彫られています。○本と山形に清の二つです。また台座には
富士塚を築き石碑を建立した村名と関係者の氏名が刻まれています。当時の当地域のよこの関係を知る
資料として貴重です。

各石碑の碑文 右から                      一番大きい石碑の碑文
 南無妙法蓮華経                        富士講の開祖長谷川角行が創唱した
 参明藤開山                          富士山の神名
 食行身禄□菩薩生 □は人偏+木+勺 読みはクウ
 小御嶽石尊大權現